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秋の読書記録

長らく記事の更新を怠つてゐましたことをお詫びいたします。今回は最近わたしが読んだ本を以下に列挙して簡単な感想を記したい、と思ひます。

・D・M・ロイドジョンズ著 『山上の説教』上下巻 井戸垣彰訳 聖書図書刊行会刊

・山崎寿人著 『年収100万円の豊かな節約生活術』 文春文庫

・堀江貴文著 『ゼロ』 ダイヤモンド社刊

・D・M・ロイドジョンズ著 『神はなぜ戦争をお許しになるのか』 渡部謙一訳 いのちのことば社刊

・野口悠紀雄著 『「超」旅行法』 新潮文庫

上に列挙した本の配列は読書の時間順に従つてゐます。『山上の説教』の上巻を読み始めたのは本年9月7日からです。一番下に記した野口悠紀雄の『「超」旅行法』を読み了へたのが10月30日でしたので約二箇月間に六冊読んだことになります。

D・M・ロイドジョンズの本は、おしなべて良書ですが『山上の説教』も良書であることに相違なく上下巻とも素晴らしい本でした。同書は上巻が493頁、下巻が519頁といふヴォリュームがあり、上下巻併せて1000頁を超えます。内容が深くて、すこぶる読み応へのある本でした。思ふに全てのキリスト者、必読の信仰書であります。

山崎寿人の本は、かういふ生き方もあるのか、と新鮮な気づきを与へてくれたユニークな本でした。わたしも収入が少ない、といふ点では著者と同じです。けれども著者は貧乏をことさらに悲観し、嘆くことなく、むしろ貧乏生活を心の底から愉しんでゐる由。面白い本でした。ちなみに著者の学歴は東大卒であります。

堀江貴文の『ゼロ』にはサブタイトルが付いてゐて「何もない自分に小さなイチを足していく」がそれです。いはゆるホリエモンの半生が率直に綴られてゐます。彼の仕事に対する謙虚で真摯な姿勢に読み手は心を打たれます。思ふに同書の内容をギリギリまで要約してひとつのセンテンスにしたものがサブタイトルであります。仕事に対するモチベーションが高まること、請け合ひです。読んで損はしない本です。

D・M・ロイドジョンズの『神はなぜ戦争をお許しになるのか』は非常に洞察の深い本です。神がをられるなら、なぜ戦争をはじめとした悲惨がこの世にあるのか、といふ一見、素朴なやうでゐて開闢(かいびやく)以来、人類を悩ませ続けてきた大問題に逃げることなく真向から対峙して納得のゆく回答をしてゐる稀有な信仰書であります。

野口悠紀雄の『「超」旅行法』はひとりで海外旅行をする際に注意した方がいいことが微に入り細を穿ち記されてゐる興味深い本です。具体的なアドヴァイスが自分の経験を踏まへて書かれてゐるので説得力があり覚へず海外に行きたくなります。わたしは良書は読者をその気にさせる本でなくてはならない、と思ひます。旅の本なら旅に行きたくなるやうな本、料理の本なら自分で食事を作つてみたくなるやうな本が本当に良い本だと思ひます。

以上わたしが読書の秋に読んだ本とその感想を記しました。これからも閑を見つけて精力的に読書してゆくつもりです。なるべくブログの記事も更新してゆくつもりです。これでやうやく画面上を覆つてゐた鬱陶しい広告を追ひ払ふことができました。前からとても気になつてゐたのです。

さて、これからどんどん寒くなつてゆきます。読者諸賢にをかれましては、お風邪などお召しにならぬやうに十分お気をつけください。くれぐれもご自愛ください。読者諸賢からのコメントをお待ちしてゐます。コメント大歓迎です。それでは今回はこの辺で失礼いたします。

書評 『人生を導く5つの目的』

アメリカはカリフォルニア州にあるサドルバック教会の牧師であるリック・ウォレンの著した『人生を導く5つの目的』(PDJ刊)は良書であります。副題は「自分らしく生きるための40章」です。尾山清仁が巧みに訳してゐます。PDJとはパーパス・ドリブン・ジャパンの略称です。定価は税込みで2625円です。同書の奥付を見ますと2009年12月1日第5刷発行と記されてゐます。同書の発行当時はまだ消費税が5パーセントのときだつたのであります。

過日わたしは、たまたま寄つたブックオフで、この本を960円で購入することができました。新品同様の同書を定価の半額以下で買へたのは嬉しいかぎりです。帯付きで補充注文カードと愛読者カードもはさまれてゐました。これは前の所有者がこの本をほとんど読んでゐないといふ証左であります。帯には「全米3000万部突破!!」と記載されてゐて「NYタイムズNo.1ベストセラー」との文字が目を惹きました。さらに帯の表には『全米で最もメディアの注目を集める牧師が語る「神の意図された自分」を見出すための40章』と書かれてゐます。

わたしは同書をまだ読了したわけではありません。40章あるうちの30章を読み了へたにすぎません。けれども、同書を読み進めるにつれて、とても良い本に出合へたといふ思ひは強くなる一方であります。現在、一日一章づつ読んでゐます。同書は一気呵成(いつきかせい)に読む本ではありません。早く次が読みたいといふ衝動に駆られて、それを抑へながら読んでゐるところです。かういふ本を読める仕合せは、さう滅多にはありません。

同書は一日一章づつ読むことを前提に執筆されてゐます。著者は、まとめて読むのではなく一章のうちに書かれてゐる内容についてよく考へてほしいと読者に訴へてゐます。わたしは、その言葉を忠実に守つて読んでゐます。一度にたくさん読むべきでない本が他ならぬ『人生を導く5つの目的』なのであります。

ちなみに、わたしは本を新品で買ふことはまづありません。中古本を実際に店舗まで足を運んで買ふか、ウェブ上のアマゾンで注文するか、さもなくばネット・オークションのヤフオクで落札するか、の三者択一になります。新品の本を書店で購入することは、わたしにとつては相当にイレギュラーなことになります。本を借りて読むといふこともほとんどありません。興味のある本は身銭を切つて手に入れるといふのが習慣になつてゐます。

わたしは、この本の内容にたいへん感心しましたし感動しました。最後に同書の帯の裏に書いてある同書の紹介文をここに記して、この短い書評を締めくくります。以下のとほりであります。なほ、引用文の仮名づかひは現代かなづかひのまま引きます。

《あなたは偶然に存在しているのではありません。全宇宙が創造されるはるか昔から、神はあなたのことを心に留めておられました。神はあなたをご自分の目的のために造られたのです。その目的は、あなたがこの地上で過ごす数十年に限られたものではありません。あなたは実に、永遠に生きる存在として造られたのです。》


コミック版『永遠の0』

百田尚樹が著した『永遠の0』には実は、いはゆるコミック版もあるといふことを読者諸賢はご存知でしたでせうか。作画は須本壮一で原作は、もちろん百田尚樹であります。双葉社から出版されてゐて全5巻で完結してゐます。

過日わたしはコミック版を入手することができました。すでに全巻を読了してゐます。関西に住む弟から全巻をプレゼントしてもらひました。かういふプレゼントは、とても嬉しいですね。といふのもコミック版が存在するのは前々から知つてゐて、いつかは手に入れてやらうと思つてゐたからです。

さうはいふもののコミック版を読んでみた感想の結論を云へば原作から、まづ読んだ方がいい、といふことになりますね。原作を読んでコミック版を読むと様々な愉しみ方ができると思ひます。

この順番を間違へてしまふと興ざめになります。すなはち、コミック版から先に読むと原作を読んだ時にその微妙な味わいを愉しむことが、できなくなつてしまふのです。それは、あたかもあらすじを知つてから映画を観るやうなもので興ざめになると既述したゆゑんであります。

もし、原作とコミックの両方を読む時間がない、といふのなら原作だけ読めばいい、といふことになります。さらに『永遠の0』は映画化もされてゐて巷(ちまた)のレンタル屋でDVDを借りることもできますが、わたしはあまり興味がありません。原作とコミック版だけで十分です。このうへ同じ作品の映画まで観やうとは思ひません。

読者諸賢のなかには一般に映画はご覧になるが漫画を読まれない方もいらつしやることでせう。けれども、最近の漫画は決して侮れませんよ。とても洗練されてゐて愉しめるものも多いです。これまで述べてきたことと矛盾するやうで恐縮ですが大人の漫画入門としてコミックの『永遠の0』(双葉社)を読んでみるのもいいかも知れません。

誤解してほしくありませんが、わたしは須本壮一作画のコミック版について、あくまで原作と比較したうえでの感想を述べたのであつて決してコミック版を否定してゐるわけではありません。思ふに漫画の世界は広大で奥深い。わたしは、これからも興味を持つた漫画を読み続けてゆくことでせう。

ちなみにコミックではない活字で記されてゐる『永遠の0』の文庫版(講談社文庫)は店にもよりますが現在、全国チェーンの古本屋で108円で購入することができます。


待つてゐますね!

当ブログの愛読者諸賢よ、記事更新まで、もう少し待つてゐてくださいね。たうたう九月は記事の更新ができませんでした。残念無念であります。当ブログの兄ブログである“「論」ブログヨシ樹”の最新の書評の後編も書けてゐません。

書くモチベーションを高めるためには何が必要だと思ひますか?それは奇妙な云ひ方に聞こへるかも知れませんが読者からの愛であります。それでは読者からの愛とは、そもそも何でせう。それは、すなはち、当ブログの記事を読んで、ご感想なりご意見なりを筆者に知らせてくれることであります。

さういふご意見ご感想は云ふまでもなく嫌々強制されたものであつてはなりません。自発的なものでなくてはなりません。さういふ読者からのコメントに刺激されていい記事が書けるのです。

何の反応もしてくれないとブログ閉鎖といふ最悪の事態に陥つてしまひかねない。― ここまで結構、書いてゐますね。十月分の記事は、これで勘弁してもらはうかしら(笑)。

読者の愛の実践を首を長くしてお待ちしてゐます。愛だけは強制できませんからね。ただし、促すことはできるのではないでせうか?それでは愉しみに待つてゐますよ。


人生の短さと野呂一生

わたしはコンポーザー(作曲家といふ意味です)としての野呂一生がとても好きです。中学生の頃に彼の曲に出合ひましたが爾来、飽くことなく今に至るまで彼の曲を聴き続けてゐます。これまで相当、多くの曲を聴いてゐるにもかかはらず全然、飽きません。

野呂一生はカシオペアといふ知る人ぞ知るフュージョン・バンドのリーダーです。彼のつくる曲は人々の心の琴線に触れて多くの聴き手に受け入れられてゐます。それゆゑ国内はもとより海外にも少なくないファンがゐます。

最近はカシオペアと並行しながらissei noro inspiritsといふバンドでも活動してゐます。わたしが思ふに野呂は、このバンドでカシオペア以上にコンポーザーとしての高い能力を遺憾なく発揮してくれてゐます。わたしは、このバンドのCDを二枚、オークションで安く入手しました。落札してから繰り返し聴いて上質な時間を愉しんでゐます。

わたしは、これからも国内外のフュージョンのいい曲をたくさん聴きたいと思つてゐます。妙な喩へになるかもしれませんが、それは漫画の「闇金ウシジマくん」に出て来るマサルといふ少年が劇中でのピンチの時に腹を括つた時の心情によく似てゐます。

マサルが悪友に《「警察呼んだら、お前も闇金のコトで捕まるぞ!いいのか!?早く逃げるべーよ!!」》と云はれて《「オレは捕まってもかまわない。」「俺は、もう裏で生きてくしかねェ。」》と覚悟を決める場面があるのですが、その時のマサルの心情と似てゐるのです。

わたしは、これからどれくらゐ生きられるか分かりません。ですから音楽はフュージョンを中心にすゑて聴くつもりです。さうして宗教はあくまで死に至るまでキリストを信じてゆかうと決めてゐます。迷つてゐる時間が惜しい。さういふ腹の括り方がやうやくできるやうになりました。思ふに、わたしもさういふ年齢を迎へたゆゑでせう。

今のタイミングでジャンルを固定してしまふのはいかがなものか、といふ意見があるかもしれませんね。しかし、フュージョンの世界は広大で奥深く一生を費やしても究めることはできない世界だ、とわたしは考へてゐます。キリスト教については改めて云ふまでもありません。

さうして人生なぞあつと云ふ間に終はるといふことは、哲人セネカが著した有名な本の題名に教へられるまでもなく肝に銘じてゐたほうがいい、とわたしは心から思ひます。あなたは、この短い一生で何がしたいのでせうか。


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プロフィール

ヨシ樹

Author:ヨシ樹
昭和に生まれ、平成を生きる日本男児。
東京の大学を卒業して故郷の愛知県に戻る。
肉体労働や家庭教師、塾講師を経て現在に至る。
現在、未曾有の大不況下で苦しい転職活動を余儀なくされている。
経済状況は極度の貧乏。某市内の賃貸マンションを棲家としている。
いわゆる「勝ち組」「負け組」という二元論的なステレオタイプが大嫌い。
趣味はブログ執筆、読書、六弦ベース、オートバイ等々。ちなみに大型自動二輪免許保有。かつてハーレーを所有。
夢はオートバイでの海外ツーリング。具体的にはユーラシア大陸をBMWで走破することなどを考えている。
日本経済の酷いデフレを憂いつつも某市のリサイクル・ショップや古本屋によく出没する。
実は牧師の息子であり、幼い頃から聖書と教会に親しむ。

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