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マンガ『ちはやふる』を読んで

ちはやふる

別冊宝島381『東大さんがいく!』(宝島社)の冒頭に橋本治へのインタビューが載せられてゐます。そのタイトルが凄い。《すべての大卒は、[東大法学部=大蔵省]の水増しである!!》ですからね。大蔵省とは、むろん今日の財務省のことです。そのインタビューを少し引用しませうか。

《(前文略)だって、「大学出」っていうのは、水増しされた「東大出」、プチ東大出ですからね。自分が大学出であることによって、この企業社会の中である程度のステイタスを占めていられるっていうのは、「東大法学部=大蔵省」っていうようなものの水増しでしかないんですよ。(以下略)》

末次由紀のマンガ『ちはやふる』(講談社)を読んで面白かつた。僕は面白いと思つたら少女マンガでも読みます。池田理代子の『ベルサイユのばら』(集英社文庫)は愛蔵書のひとつであります。同氏の同文庫に収められてゐる『オルフェウスの窓』は大作であり素晴らしい物語でもあります。

少女マンガの蔵書は池田の前掲書のみでした。『ちはやふる』を五巻まで購入して少女マンガの蔵書にもう一作品、加はりました。『ちはやふる』は“小倉百人一首競技かるた”を作品のテーマに据ゑた珍しい物語です。ヒロインの千早(ちはや)の競技かるたにかける情熱が物語を進める力になつてゐます。

読んでゐると彼女の情熱がひしひしと伝はつてくるのが分かります。読書中、僕の頭の中でかういふ図式が出来上がつてゐました。それは、〈全ての情熱は、[キリスト教=伝道]の水増しである〉といふ図式です。

たしかに『ちはやふる』といふマンガには情熱が充満してゐて、きらきらと眩しいほどです。しかし、キリストの救ひの素晴らしさには及ばないでせう。競技かるたが素晴らしいことを認めるのはやぶさかではありませんが命をかけることはできないからです。

激しい迫害に遭つて、なほ、喜んで死んで行つた数多(あまた)の殉教者たちの情熱には敵はないのです。また、かう言ひ換へることもできます。すなはち、〈全ての感動は、[キリストの救ひ=感動]の水増しに過ぎない〉と。

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書物中の書物

灯火親しむべき秋が来て、第一に読むべき書は聖書である。聖書を読んで、永久の利益がある。聖書を読んで、人は老いて老いない。彼の心に永久の春がある。

聖書を読んで、理想が尽きない。詩と歌と音楽とはその必然の結果として、わが口より流れ出る。

聖書を読んで知識欲が増す。宇宙と人生とについて広く深く知らんと欲する欲求がわいて尽きない。

もし世に神の言があるならば聖書を措(お)いてほかにあるとは思えない。人類の所有のうちで最も貴いものは書籍であって、書籍のうちで最も貴いものは聖書である。


内村鑑三著『続一日一生』(教文館)314頁より抜粋・抜粋者適宜改行を施す。

無知を思ひ知らされる本

手紙、栞を添えて

読者のmintさんが、かつて、ご推薦された本の内、現在、三冊を購入して読ませていただいてゐます。いづれ全部、揃へる予定です。その三冊とは次のとほりです。すなはち、星野道夫著『旅をする木』(文春文庫)、毛丹青(マオ・タンチン)著『にっぽん虫の眼紀行』(文春文庫)、辻邦生、水村美苗著『手紙、栞を添えて』(朝日文庫、ただし現在は、ちくま文庫)です。なほ、星野道夫の著作は『長い旅の途上』(文春文庫)も併せて読んでゐます。

ただし、ここで急いで断つておかなければならないのは三冊の内、『手紙、栞を添えて』以外は完全に読了してゐない、といふことです。折角のmintさんの推薦図書なので全冊を揃へて最初から最後まできちんと読むつもりです。

先に触れた星野道夫の『長い旅の途上』は僕が思ふに写真が随所に挿入されてゐて『旅をする木』とは、また違つた味はひがあります。さて、唯一、初めから終はりまで読んだ『手紙、栞を添えて』の感想を以下に記してゆきたいと思ひます。

同書は辻邦生(東京大学文学部仏文科を卒業して立教大学助教授、学習院大学教授などを歴任した)と水村美苗(この人の経歴も凄い!イエール大学大学院仏文科博士課程を修了して98年よりスタンフォード大学客員教授だといふ)の往復書簡の体裁で書かれてゐます。かういふ体裁の本は今までに読んだことがなかつたので読んでゐて、とても新鮮でした。

それと共に自分が如何に本を読んでゐないか、といふことが身に沁みて判かりました。僕はディケンズもフローベールもプルーストもチェーホフもスタンダールですら全然、読んだことがありません。では、日本の古典はどうかといふと、これもからつきしです。例へば『更級日記』。

なぜ、閑の洪水だつた大学時代にもつと本を読まなかつたのか悔やまれてなりません。辻と水村は一体どのくらゐの本を読んでゐるのか!その読書量には、ただただ圧倒されます。

けれども、僕は西洋文学の核となつてゐる不滅の大古典たる『聖書』は幼い頃から読んでゐます。思ふに、このことが辛うじて僕の救ひですね。嗚呼、牧師の息子でよかつた!この齢になつて、やうやくダンテの『神曲』を読み了へさうです。読了したら、また当ブログで感想を述べたいと思つてゐます。


“東京・神奈川ツーリング”余話

九月下旬に当ブログの兄ブログにアップ・ロードした“東京・神奈川ツーリング”の三部作は、すでに公開してゐますが、まだ、なほ推敲中です。

僕は一つの記事を相当、執拗に繰り返し読み直します。さうすると読む度にいくつか見直すべき点が見つかり、早速、管理画面にログインして直します。さうして改めて別の機会に読み返すと、また直さなければならない箇所を発見してしまひます。

したがつて、当該記事はアップした当初と比較すると現在は別物と云つていいくらゐの記事になつてゐるはずです。僕は往生際が悪いのでアップしてからも気に入らなければ何度でも手直しします。

今回の記事はご承知のとほり三部構成の記事です。(上)、(中)がそれぞれ3000字オーバー、(下)もほぼ3000字です。3000字に少し足りないですが。三作併せて、おほざつぱに云へば約10000字です。本一冊、十万字と云ひますので今回はその十分の一を書いた計算になります。

フランスの哲学者たるデカルト―“我思ふゆゑに我あり”といふ言葉はあまりにも有名―は「私の本は少なくとも四度読め」と云つたとか。

僕は、もちろんデカルトと比較する何物をも持たない凡夫にすぎません。けれども、僕の文章を間をおいて繰り返し味はつてほしいと切に願ひます。そして、かやうに熱心に推敲した文章を根拠もなく軽々しく批判しないでもらひたい、と云ひたいですね。


『苦役列車』を読んで

苦役列車

友人のハタボーさんから、ご紹介していただいた西村賢太が著した『苦役列車』(新潮社)を購入しました。例によつて例の如くヤフー・オークションを利用しました。出品されてゐた同書を350円で落札したのでした。それに加へて送料がメール便で160円かかります。併せて金510円也でした。

ところが、入札中にブックオフの百円コーナーで同書を見付けてしまひました。何といふことでせう。ヤフオクで買はずともブックオフで105円で売られてゐたのでした。思ふに話題の本を購入するタイミングといふのは実に難しいですね。

『苦役列車』は読了まで、そんなに時間はかかりませんでした。ハタボーさんの仰るとほりでした。この題名が秀逸でとてもいいですね。同書は題名こそ『苦役列車』ですが「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」といふ作品も収録してゐます。

同作品は「苦役列車」の続編といふ趣きの作品でした。主人公の名前も「苦役列車」の主人公と同じ貫太ですし。二作品を併せても頁数は全部で147頁といふ少なさです。「苦役列車」の内容は本の帯に記してある紹介文を引きませう。次のとほりです。

《友もなく、女もなく、一杯のコップ酒を心の慰めに、その日暮らしの港湾労働で生計を立てている十九歳の貫太。或る日彼の生活に変化が訪れたが……。こんな生活とも云えぬような生活は、一体いつまで続くのであろうか―。》

そして同書の惹句(キャッチ・フレーズの意)は次のとほりです。

《昭和の終わりの青春に渦巻く孤独と窮乏、労働と因業を渾身の筆で描き尽くす表題作(「苦役列車」のこと・引用者註)と「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」を収録。》

「苦役列車」は大変、面白い作品と評することができます。作者はこの作品で弟144回芥川賞を受賞してゐます。いはゆる私小説なのですが読み手が生活上の苦労をしてゐればしてゐるほど感情移入して読むことができます。

思ふに、かうまで赤裸々に包み隠さず書いてあればこそ現実の酷薄さ、人生の難しさが迫真性をもつて読み手の胸を打つのです。なほ、mintさんが、かつてご紹介して下さつた本の感想もそろそろアップしたいと思つてゐます。乞ふご期待。


愛の国

ひとたび完全に愛の国に入ってしまったら、この世はどんなに不完全であっても、美しく豊かなものとなる。

なぜなら、この世はいたるところ愛の機会にみちているからだ。


<カール・ヒルティ著『眠られぬ夜のために・第一部』(岩波文庫)P279より抜粋。ただし、抜粋者が適宜、改行を施した。仮名遣いは原文のまま>

衣替へ

道行く学生たちが長袖の制服を着て自転車を漕いでゐます。当ブログも衣替へをしました。ご覧のとほりテンプレートを替へたのです。実は、かうして使ひ始めてゐるこのテンプレートはかつて作家の松井計が使つてゐて読者の私は素敵なデザインだなあ、とずつと思つてゐました。

現在、松井計のブログは違ふテンプレートを使用してゐるので、このやうに当ブログのテンプレートに設定したしだいです。なほ、先日の日曜日に当ブログのケータイのテンプレートも変更しました。

ちなみに、松井計はベストセラー『ホームレス作家』(幻冬舎)を著した作家であります。兄弟ブログたる“「論」ブログヨシ樹”の書評でも取り上げています。さらに同ブログのブックマークに松井計のブログも登録してあります。興味のある読者はそちらも参照して下さい。

その“「論」ブログヨシ樹”もテンプレートを変更したのは読者諸賢のご承知のとほりです。CSSをいぢつて色から形から全部、カスタマイズしました。しかし、誰もなーんにも云つてくれないのは実に残念ですね。


敵を愛し迫害する者のために祈れ

愛、愛、われらのねがい求むべきものはこれである。権能(ちから)はいらない、あってはなはだ危険である。知恵はいらない、あってかえってわれらを迷わす。

いるものは愛である。敵をたおすための権能ではない。われらを倒さんとするわが敵を愛する愛である。これわれらのもっとも要求すべきものである。

われらキリスト信者は権能をもってみずから守らんとしない。「愛の中に恐怖(おそれ)あることなし、まったき愛は恐怖を除く」とあれば、われらは愛をもって敵に向わんとする。

われらは権能の足らないのをなげかない。愛の足りないのを悲しむ。愛をもってあふれさえすれば、天上天下怖るべきものは一つもない。


<内村鑑三著『一日一生』(教文館)201頁より抜粋。ただし、抜粋者が適宜、改行を施した。>

続一日一生

内村鑑三の『一日一生』(教文館)をヤフー・オークションで安く手に入れたことは、かつての記事に記したとほりです。一通り読みましたが評判どほりのよい本でした。同書を買つてから暫らく経たない内に続編も読んでみたいと思ひました。それが『続一日一生』(教文館)といふ題名であることは実家に同書が置いてあり、眼を通してゐたので知つてゐました。

『続一日一生』はアラート登録してゐて手頃な値段であれば買ほうと思つてゐましたが先日、つひにメールが送られて来て同書が300円で売られてゐるといふではありませんか。これはお買ひ得だと思ひました。結論を述べるならば300円で落札することができたのです。

ゆうメールで送付するという条件は交渉の余地なしといふことでした。――嗚呼これがクロネコメール便だつたらもつと安かつたのに。ゆうメールの送料は340円でしたので本体価格300円と併せて640円です。それでも千円を遥かに下回つてゐます。安く落札することができて実に嬉しかつたですね。

現在、一般の書店では新版の『一日一生』(教文館)が売られてゐますが感心しませんね。といふのは新版は現代仮名遣ひを用ひて口語文で書かれてゐるからです。これでは鑑三の持つ言葉の迫力や微妙なニュアンスが伝はりません。まるで別の人が書いた別の本といふ印象を持ちました。至極残念なことです。

それはともかくも現在、『一日一生』と『続一日一生』の両方を読み進めてゐます。苦しい時には慰められますし意気阻喪した時には励まされます。ヤフー・オークションで売り買ひを始められてよかつたなあ、としみじみと思ひますね。特に僕のやうな貧乏人にはありがたいサイトです。


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プロフィール

ヨシ樹

Author:ヨシ樹
昭和に生まれ、平成を生きる日本男児。
東京の大学を卒業して故郷の愛知県に戻る。
肉体労働や家庭教師、塾講師を経て現在に至る。
現在、未曾有の大不況下で苦しい転職活動を余儀なくされている。
経済状況は極度の貧乏。某市内の賃貸マンションを棲家としている。
いわゆる「勝ち組」「負け組」という二元論的なステレオタイプが大嫌い。
趣味はブログ執筆、読書、六弦ベース、オートバイ等々。ちなみに大型自動二輪免許保有。かつてハーレーを所有。
夢はオートバイでの海外ツーリング。具体的にはユーラシア大陸をBMWで走破することなどを考えている。
日本経済の酷いデフレを憂いつつも某市のリサイクル・ショップや古本屋によく出没する。
実は牧師の息子であり、幼い頃から聖書と教会に親しむ。

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