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読書VSテレビ

けふ、ヤフオクで購入したダンテの『神曲』三部作が届きました。三部作とは云ふまでもなく<地獄篇>、<煉獄篇>、<天国篇>のことであります。『神曲』は、いはゆる不滅の大古典と云はれてゐるので相手にとつて不足なしです。

ウェブ・サイト上の“アマゾン”のカスタマー・レビューによれば河出文庫から出てゐる平川すけ(この「すけ」といふ字が漢字変換できませんでした。IMEパッドでも無理でした)弘の訳が一番いいと云ふことでヤフオクで三冊、併せて1300円で落札しました。

新品で買ふと税別で一冊950円もしますので安く手に入れようとオークション・サイトで物色したのでした。三冊全部を新品で揃へると約3000円もの出費になりますが、これは僕にとつては許されざる贅沢です。

現在、同書の<地獄篇>を読んでゐますが訳がいいからか読書がすこぶる捗ります。卑しくもキリスト者ならば『神曲』三部作は読んでおかなくてはなりません。思ふに、同書はキリスト者に残された貴重な古典的名著です。

僕はこの齢になつて、やうやく、この不滅の大古典を読むことができそうです。まだ、けふ、届いたばかりで<地獄篇>すら読み了へてゐるわけではないので、これ以上、『神曲』について語るのはよしませうか。

僕くらゐの年齢になると生きてゆくうえで残されてゐる時間といふことを意識するようになります。一所懸命に古典を読むべし、であります。呑気にテレビを観てゐる人はBSなどよい番組もあるよ、とまことしやかなことを云ひますが冗談ぢやない。

一体、テレビ番組に古典的名著に優る部分があるのか少し考へれば解るやうなものだ。例へば、テレビ番組に『論語』以上の知恵はありますか。BSに『聖書』以上の深さはあるのですか。君は、もう答えられないぢやないか。


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お知らせ

ほんたうは「書くことと読むこと」は(四)まで続いてゐるまとまりのある記事ですが(三)、(四)は内容が過激なのでブログで公開するのを見合はせます。もう、すでに下書きはできてゐますが人を傷つけるやうな内容になつてしまひましたのでアップはいたしません。

したがつて、中途半端になりますが続編を書くことは止めにして、これで「書くことと読むこと」といふ記事はお仕舞にいたします。次回からは、またテーマを変へて記事を書かうと思つてゐます。

ところで、最近、井沢元彦の本にハマつてゐます。アマゾンで彼の本を注文して三冊、読了してゐます。『仏教・神道・儒教集中講座』(徳間文庫)と『日本史集中講座』(祥伝社黄金文庫)を読みました。いづれも大変、面白かつた。

以前に同じ著者の『ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座』(徳間文庫)を読んでゐましたので少し手を広げて読んでみようと思つたのでした。以上の本についての感想も機会があればアップするつもりです。ちなみに、現在は井沢の『逆説の日本史5 中世動乱編』を古本屋で105円で買つて来て読んでゐる最中です。

ともかくも、「書くことと読むこと」の続編を期待されてゐた読者には心よりお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。


書くことと読むこと(2)

僕は常々、信念のある美しい文章を書きたいと考へてゐます。そのために無駄な時間―例へば、テレビを観る時間等―を削つて読書に充ててゐます。この数年間、ずつと、さういふ調子であります。

つまり、生活するために必要な時間以外のほぼ全てを読書に注ぎ込んでゐるのです。それだけ読んで、この程度の文章なのであります。ただし、断はつておきますが、こと文章に関しては軽く見られたり舐められたりしたことはありません。

それはともかく、大事なことなので繰り返して述べますが、書くことと読むことの間には明らかに因果関係があります。こんなことは改めて述べるまでもない自明なことだと僕は思つてゐましたが、どうやらさういふ風に考へてゐる人間ばかりでもないことに最近、気付きました。

つづく


書くことと読むこと(1)

先日、ヒルティの『眠られぬ夜のために 第二部』を岩波文庫で読んでゐたら、こんな文章が目に留まりました。以下に同書より引用します。

《キリスト教文書に時おり示される偏狭さを恐れてはならない。これはもっぱら、読むことさえ学ばぬうちに書こうとした、これらの文書の著者たちの性急さにもとづいている。真理のみ霊(たま)は―それをあなたもいずれさとるであろうが―、世間の事柄にも大いに役に立つものである。》

さうなのです。ヒルティの述べてゐることは全く、もつともであります。読書を碌にしないのに、よい文章を書かうなどといふ態度は誠に虫がいい態度と評さなければならないでせう。残念なことに、いくら読書してもよい文章が書けないといふことは稀にあります。

しかし、ひとかどの文章を草す書き手は必ず相当量の文章を読んでゐるし、いはゆる名文にも多く接してゐるものであります。したがつて、書くことと読むこととの間には因果関係が厳然として存在してゐると云へます。

繰り返して云ひますが、本を読む習慣のない者に立派な文章は書けない。それはさうでせう。どの世界でも厳しい修練もせずに立派な成果を残すことなど、できない相談なのであります。さもなくば、厳しい修練など馬鹿馬鹿しくて真面目に取り組む者などゐなくなつてしまふに相違ない。

つづく


無私の心

キリストは実に人を救うためには奇跡を行いえましたが、自己(みずから)を救うためにはこれを行いえませんでした。人をたすけるための異能を備えしイエス・キリストは、自己を救うためには全然無能でありました。

弱き者を救わんがためには風をも叱咤(しった)してこれを止めたまいし彼は、自己の敵の前に立ちては、これに抗(てむかい)せんとて小指一本さえ挙(あ)げたまいませんでした。

キリストの奇跡よりもさらに数層倍ふしぎなるものは、キリストの無私の心であります。しかしながらこのふしぎなる心があってこそ、初めてかのふしぎなる業(わざ)が行われたのであります。


内村鑑三著『一日一生』(教文館)P222より抜粋

読者の反応

ケータイで、いつも当ブログを読んで下さつてゐるH瀬さんから昨日、こんなメールが届きました。H瀬さんに掲載許可をいただいたので以下にその文章を引用します。ただし、原文どほり仮名づかひは現代仮名づかひであることと引用者が適宜、改行を施したことを断はつておきます。

《ヨシ樹さん(原文では僕の苗字)の書かれた小説は爽やかな感じがして良かったですよ。ただ、欲を言うと彩りが少ないような気がします。

物の譬えを言えば失礼かと思いますが、料理に譬えれば、サラダ一品だけの料理では、いくら食材がいいと言っても、物足りませんね。色んな食材を使って何品か出してくれた方が美味しいですし、スタミナも付きます。

映画等に譬えてみれば、どんな映画でも、綺麗な女性の一人は登場させなければ沢山の人は観に来てくれません。》

H瀬さんは仕事がお休みの日に、よく僕に宛てて、ご丁寧なメールを下さいます。上に記した文章もメールで送られて来たものです。かういふ批評が欲しいのです。実に優れた指摘だと思ひます。

それに加へて、H瀬さんの文章は率直です。嘘がありません。僕はH瀬さんのかういふ誠実さに胸を打たれます。僕は自分の利益のためなら平気で嘘を吐く恥知らずな大人をあんまり見過ぎて来ました。人の足許を見て嘘を吐く輩とかな。ご本人は、バレてゐないと思つてゐるやうだが浅はかだね。

ちなみに、かういふ誠実さがあるからだと思ひますがH瀬さんはビジネスマンとして大変、優秀です。思ふに、H瀬さんには私心といふものがない。そこに僕は強く惹かれます。

引用文中で<小説>とあるのは、もちろん、“「論」ブログヨシ樹”に掲載した「夏風を浴びて走れ」といふ僕の記事を指します。次回作はH瀬さんの云ふところの“彩り”を多く取り入れた上で記してみたいと思ひます。僕の書く<小説>はこれでお仕舞ではありません。乞ふご期待。応援4649!(←昔のポケベルを彷彿とさせますね)


小説をアップします

明日、“「論」ブログヨシ樹”に僕が初めて書いた小説を載せます。もう書き上げたのですが、まだ推敲が足りません。僕はテレビも新聞も読みません。その分の時間をブログ執筆に当てています。決して閑人ではありません(笑)。

小説は論文と異なり、書くのが、なかなか難しいですね。随分、退屈な小説になつたかも知れません。読者諸賢の忌憚のないご意見ご感想を是非、お願いいたします。では、今日はこれにて失敬いたします。


夏が好き

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先日、用事のために静岡県の某市にスクーターで行つて来ました。僕のスクーターは排気量が125ccなので利便性のいいバイパスは使へず下道の国道を走りました。天気は良好で蒸し暑いくらゐでしたが風を切つて走る爽快感があり、とても気持ちよかつたです。いはゆるプチ・ツーリングの趣がありました。さうして、ちよつとしたツーリングから戻り水風呂に入りましたが、これがまた格別に気持ちがいいのです。僕は夏でもアイスクリームなどの氷菓子は滅多に食べませんが水風呂には必ず入ります。

余談ですが、近頃は冬でもアイスクリームを食べる人がゐるみたいですが僕はそれを否定しません。本当に好きなら厳冬期にブリザードの中で手が、かじかんで棒を握つてゐる感覚が麻痺するような時でさえ、アイスを食べるくらゐ徹底してゐてもいいと僕は思ひますね。それくらゐ、徹底してゐれば筋が通つていて、むしろ清々しい。僕も夏はもちろん、冬でもバイクに乗りますからね。危険でなければ、白いものが舞つてゐる時ですら嬉々としてツーリングに出かけます。

閑話休題。僕は四季のうちで夏が一番、好きです。けれども、常夏といふのとは何か違ふ。さう、僕は四季そのものが好きで、その中で夏を最も気に入つてゐるのです。今年はまだ蝉の鳴く声が聴こえてきませんね。どうしたのかしら。寝坊でもしてゐるのかな(笑)。

静岡県某市の街角でピッカピカのハーレーが眼に留まりました。スポーツスターには間違ひないのですが不覚にも正確な車種は特定できませんでした。ハーレーは何と云つても太いトルクのある重低音のエグゾーストノート(排気音)が魅力の一つです。再度、所有したい思ひが高まりました。

これまでにない伝道スタイルで注目されてゐる異色の牧師アーサー・ホーランドもハーレー・オーナーの一人です。全国各地の講演現場にカスタムハーレーで駆けつける彼はオートバイをかう定義してゐます。「肩書や金ばかりで生きる都会的な価値観がぶっ飛んでしまう」と。ハーレーで再び、夏にロング・ツーリングをするためにも怠けてはゐられません。僕は夏がとても好きでオートバイもそれに劣らず大好きなのですから。


奇跡の漫画

keaton.jpg

小学館から『MASTERキートン』といふ漫画が全部で18巻、出版されてゐます。勝鹿北星が原作で、あの浦沢直樹が作画を担当してゐる漫画なのですが大変、面白い。第1巻の奥付を見ると1989年1月1日初版第1刷発行と記されてゐるので随分、昔の漫画ですが内容は古くなるなどといふ性質のものではありません。

現在に至るまでの漫画の出版点数は、まさに星の数ほどありますが『MASTERキートン』はその中でも群を抜いてゐる傑作漫画です。僕が思ふに老若男女、誰にでも愉しめる名作ですね。

主人公の平賀=キートン・太一は日本人の父と英国人の母を両親に持つ、いはゆるハーフで英国国籍を所持してゐます。名門オックスフォード大学で学び、日本の胡桃沢大学「考古学」講師兼フリーのオプ(調査員)。元SASのサバイバル教官でもあります。ちなみに、SASとは英国特殊空挺部隊の略称です。漫画の舞台は主にヨーロッパです。

この漫画を何のバイアスも抱かずに虚心坦懐に読めば「漫画なんて…」などといふサブカルチャー(この言葉も蔑称ですが)に対する偏見は粉微塵に砕かれることでせう。この漫画はさういふ奇跡の漫画なのです。僕は普通の漫画とは思つてゐません。大学生の頃から折に触れて読んできた名作です。読者各位にも推薦します。


小林秀雄の名言(其の弐)

科学といふ学問は人間の経験を全て科学的経験に置き換へてしまつて人間自体が体験する全経験の中から合理的経験だけに絞つて取り上げる対象にしてしまつてゐる。科学だけで人間が判るわけはないぢやないか。

諸君は皆、科学の奴隷になつてしまつてゐる。そこから脱出して諸君一人びとりの「心眼」を見開いてものを見るやうにならなければ駄目だ。そこまで来なければ現代の精神の荒廃は終息することはないだらう。


小林秀雄講演・「本居宣長」(新潮カセット文庫)より

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プロフィール

ヨシ樹

Author:ヨシ樹
昭和に生まれ、平成を生きる日本男児。
東京の大学を卒業して故郷の愛知県に戻る。
肉体労働や家庭教師、塾講師を経て現在に至る。
現在、未曾有の大不況下で苦しい転職活動を余儀なくされている。
経済状況は極度の貧乏。某市内の賃貸マンションを棲家としている。
いわゆる「勝ち組」「負け組」という二元論的なステレオタイプが大嫌い。
趣味はブログ執筆、読書、六弦ベース、オートバイ等々。ちなみに大型自動二輪免許保有。かつてハーレーを所有。
夢はオートバイでの海外ツーリング。具体的にはユーラシア大陸をBMWで走破することなどを考えている。
日本経済の酷いデフレを憂いつつも某市のリサイクル・ショップや古本屋によく出没する。
実は牧師の息子であり、幼い頃から聖書と教会に親しむ。

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