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私の選ぶベスト1【二周年特別企画】

当ブログの兄弟ブログである“「論」ブログヨシ樹”の記事数は、お蔭様で現在、53本になりました。そして、本年6月1日にはブログ開設二周年を迎へやうとしてゐます。

そこで、本記事のタイトルにもあるやうに“「論」ブログヨシ樹”の中で最も感銘を受けた記事、あるいは最も好きな記事がありましたら記事の題名と、その記事を選んだ理由を当ブログへコメントとして、お寄せ下さい。5月いつぱい随時、承ります。

ご応募下さつた記事は僕の意見も加へつつ編集した上で二周年の記念記事として使はせていただきたいと思つてゐます。この趣旨にご賛同して下さる方はふるつて、ご応募していただければ幸ひです。

編集作業は細心の注意を払つて応募された方のコメントの主旨を損なはない十分な配慮をいたしますのでご安心下さい。なほ、コメントは本記事のコメント欄に宛てて送信して下さい。どなたのご応募も歓迎いたします。どうぞ、よろしくお願ひいたします。


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僕の好きな歌【訳詞】

空はとても広くて
遠くを雲がただよっていく
あの雲はどこへ行くの

風が木の葉に話して聞かせるのは、
誰も信じられないようなおとぎ話
あなたと私の愛の物語

ジンジ
あなたと一緒にいると
どれほどきれいなものが見えるか
表す言葉があったら

ジンジ
風が木の葉をなでてかなでる歌
あなたと一緒にいると
そんなふうに心が歌う

日ごとに
あなたを好きになってゆく
あなたが連れていってくれるなら
どんなところへも行く

ジンジ
流れ着く海を見失った川のように
きっと私は探し続ける
もし、あなたがいなくなったなら


僕の好きな歌

DINDI

Sky's so vast as the sky
With far away clouds just wondering by
Where do they go?
Oh!, Idon’t know, don't know
Winds that speaks to the leaves
Telling stories that no one believes
Stories of love belong to you and me

Oh, Dindi,if I only had words
I would say all the beatiful things that
I see when you're with me,oh my Dindi
Oh, Dindi,like the songs of the wind in the trees
That's how my heart is singing Dindi
Happy Dindi, when you're with me

I love you more each day
Yes I do,Yes I do
I'd let you go away if you take me with you
Don't you know,Dindi
I'd be running and searching for you
like a river that can't find the sea
That would be me without you, my Dindi


ヤフオク余話

一日一生

内村鑑三の著した『一日一生』(教文館)をつひに手に入れました。ヤフー・オークションで600円で落札したのでした。送料は着払ひで落札者負担になつてゐたので360円かかりました。さらに、ヤフーかんたん決済でのクレジット・カード使用料が98円だつたので全部、併せて1058円を支払つたことになります。もつと云ふとオークションの会員費などもかかるので1058円よりも、もう少しお金はかかつたことになるでせうね。そもそも、それを云ふならプロバイダーにも安くないお金を月々支払つてゐます。

以上の事情を考へても、アマゾンマーケットプレイスで買ふことを考へたら半分の値段です。送られてきた『一日一生』の状態は、すこぶるよく、新品同然と云つても過言ではありません。早速、読んでゐます。思ふに、キリスト者としては内村鑑三の本をもう少し早い時期からよく読み込まなければならなかったのでせう。しかし、古典的名著に年齢制限はありません。古典は何歳の僕にも応じてくれるのです。壮年の僕にも老年の僕にも応じてくれます。青年時代の僕にも応じてくれたはずだ。それが古典が長いあひだの風雪に耐へて生き残つてゐる所以(ゆゑん)です。

同書の存在を知つて読みたい、と思つてから数年を経て手に入れたので喜びも一入(ひとしほ)です。ちなみに、同書の文章は文語が使はれてゐますが仮名遣ひは現代仮名遣ひなので、読むのがことさらに難しいわけではありません。読み応へがあり読んでゐて愉しい本です。

ヤフー・オークションではこのほかに鑑三の全集が28000円で売られてゐました。彼の全集は全部で40巻ですので一冊700円といふ計算になります。これを高いと見るか安いと見るか、は人によつて違ふのでせうが僕は安いと思ふ。

ただし、現在の経済状態は全集に28000円もの出費をすることを許しません。したがつて、しばらくは『一日一生』を毎日、読んでゆきたいと思ひます。同書は日毎に読めるやうに頁毎に日付が振つてあります。同書を熟読玩味してからは『続一日一生』も読んでみたい。これはヤフー・オークションで出品されたら報せてくれる、いはゆる「アラート登録」の設定をしておいたので誰かが出品して、かつお買ひ得のやうなら買ひたい、と思つてゐます。


『桜もさよならも日本語』

『桜もさよならも日本語』

新潮文庫から出版されてゐる『桜もさよならも日本語』は丸谷才一が著した評論作品で大変、面白いし読み応へがあります。僕は随分まへに同書を読みましたが今度また読み返して勉強になつたし、とても愉快でした。同書は歴史的仮名遣ひで書かれてゐます。いつたい丸谷の著書は皆、歴史的仮名遣ひで書かれてゐます、と云ひたいところですが例外もあります。対談してゐる本だと現代仮名遣ひになつてゐるやうですね。

それは、ともかく以下に同書の裏表紙にある紹介文を引きませう。

《分ち書き、漢字配当表、不完全な五十音図と、相も変らず欠陥だらけの国語教科書。
 野球放送の耳ざわりなアクセント。
 「させていただく」という言い回しの洪水。
 チンプンカンプンの大学入試国語問題……。
 名著『日本語のために』から十年、いま再び問う日本語のあり方。
 戦後国語改革の誤りを完膚なきまでに批判して、現代日本語を文明史の中に正統的に位置づける、丸谷才一国語読本。》

引用文は例によつて僕が適宜、改行しました。ここまで書いて来て思つたのですが、この紹介文の仮名遣ひは現代仮名遣ひですね。統一したほうがいいんじやないか。もちろん、歴史的仮名遣ひに、です。


記事更新のお知らせ

当ブログの兄弟ブログである“「論」ブログヨシ樹”の記事を更新しました。週末の読み物として、お役立て下さい。記事のタイトルは「あなたもできるオークション・デビュウー」です。今回の記事は総文字数が3000字を超へてゐる力作です。お読みいただいてコメントをもらへれば幸甚です。短いですが本日は“「論」ブログヨシ樹”の記事更新を宣伝してペンを擱きます。

オリジナルを目指さう

パスカルの『パンセ』にかういふ文章があります。以下は新潮文庫に収録されてゐる『パンセ(冥想録)(上)』からの引用です。

《七 人は知性を一そう多く持つに応じ、独自的なる人間の一そう多くいることを見出す。凡庸の者は人々のあいだに相違を見出さない。》

この文章を敷衍して押し広げた文章が哲学者三木清が書き記した下記の文章であることに先日の読書で気付きました。その著書『人生論ノート』の「個性について」から引きませう。ただし、引用者の判断で適宜、改行してあることを断わつておきます。

《自己を知ることはやがて他人を知ることである。私達が私達の魂みずから達した高さに応じて、私達の周囲に次第に多くの個性を発見してゆく。
 自己に対して盲目な人の見る世界はただ一様の灰色である。自己の魂をまたたきせざる眼をもって凝視し得た人の前には、一切のものが光と色との美しい交錯において拡げられる。
 恰もすぐれた画家がアムステルダムのユダヤ街にもつねに絵画的な美と気高い威厳とを見出し、その住民がギリシア人でないことを憂えなかったように、自己の個性の理解に透徹し得た人は最も平凡な人間の間においてさえそれぞれの個性を発見できるのである。
 かようにして私はここでも個性が与えられたものでなく獲得されねばならないものであることを知るのである。》

見事な要約といふものがありますが、それとは逆の素晴らしい膨らませかたをした実にすぐれた換骨奪胎の文章でただ感心するほかない。この発見は僕のオリジナルです。

思ふに、表現には独自の考へや自分なりの切り口がなければ読む者の興味を惹きません。そして、この発見だつて『パンセ』と『人生論ノート』を両方共に、よく読まなければできなかつたはずです。僕がブログネタを使つて記事を書くことを忌避する所以であります。

これは少しものを考へる表現者なら直覚するべきことで、このことが理屈で以って、やうやく解かるやうでは自らの資質を真剣に考へ反省する必要があると思ひます。ましてや、これだけ云つても意に介さずブログネタに寄りかかつて記事を書くやうなら、そのブロガーに今後の見込みはない、と云はざるを得ない。


僕の弱さ

僕は読む本は古典的名著だけでよい、といふふうに考へたいが、さういふ考へは少し生真面目に過ぎるのではないかと反対されるかも知れません。

けれども、読書できる時によい本に親しまねばいけないのではないでせうか。あと何年、生きることができるか僕らは知る由もありません。明日、死ぬかも知れぬ。どうでもいい本を読んでゐる時間はありません。あと生涯に何冊、読めるのかわからないのです。

しかし、僕はついつい漫画など買つて読んでしまふ。雑誌にも目をとほす。時代小説も捨て難い。実家に行けば新聞のつまらぬ記事も目で追つてしまふ。

これではいけません。こんなことでは……。思うに、これは僕の弱さですね。『聖書』はむろん、洋の東西を問はず古典的名著に親しんでゐなければ、とても教養人とは云へぬ。ふと、そんなことを考へてしまひました。けふは、どうしたといふのでせう、僕の胸中は全然センチメンタルではないのに。


質問の解答【緊急企画】

さて、きのふ、お約束してゐた時間がまいりました。答へを云ひませう。そのまへにパンダちやん、ご回答どうもありがたうございます。正直、驚きました。パンダちやんの解答はこれから述べる正解と同じか、それ以上に優れた解答です。

また、かういふ企画に積極的に参加してくださるノリのよさも含めて、採点するとしたら文句なしの満点です。僕はとても嬉しかつたから、ひろし君経由で本当にプレゼントを贈らうかといふ思ひも、ちらりと頭を掠めましたが本年の年越しライヴに手弁当で出演することを以ってご勘弁してくださいね(笑)。まあ、それにしたつて、むしろこちらが謝礼を支払はねばならないくらゐです。

改めてコメントを誠にありがたうございました。では、本(二木紘三著『さわやか受験宣言』聖文社)に載つていた正解を記しませう。下記のとほりです。ただし、引用文は現代仮名遣ひ。

<強さの原因は>
①体力……一般的に、肉体労働では、体の一部しか使わない。そのため、一見頑強そうに見えても、総合的な体力、とくに耐久力には欠ける面がある。これに対して、幼いときから馬術、水泳、ポロなど、いろいろなスポーツをやってきた貴族たちは、総合的な体力で、労働者たちより優っているのが普通である。

②栄養……幼いときから、質がよく、栄養的に偏りのない食事をしてきた貴族たちは、基礎体力において労働者たちより優っているのが普通である。

③視野……自分の携わっている仕事が、どんな意味を持っているかわからなければ、障害があると、すぐにマイることになりやすい。探険行の意味を理解することなく、命じられるままに行軍している兵士たちに対して、将校たちは、砂漠の気候と体力の関係、地理、人間の心理や生理といったことを知っていた。こうしたことから、体力をどのように使うか、水はどのくらいとるか、といったことを判断することができた。

④使命感……将校たちは、探険を成功させるためには、自分たちがしっかりして、正しく導かなくてはならないことを、よく認識していた。

⑤自律性……将校たちは、自分たちがリーダーとしての職責を果たすためには、何をどうなすべきかを理解しており、必要なことは自主的に行った。これに対して、兵士たちは、命じられてやることに慣れており、命じられないかぎり、何もしようとしない傾向があった。

これらの条件が絡み合って、将校たちの強さを生み出していたわけである。

どうでしたか?なかなか面白い事実譚であると僕は思ひます。さあ、もう眠らなければ…。明日の早朝には役員早天祈祷に出なくてはなりません。けふは、この辺で失敬します。


英国陸軍の逸話【緊急企画】

さあ、けふは皆さんに質問しますよ。今から僕が中学生の頃に読んで感銘を受けた本からある話を引用します。本記事の題名にあるとほりイギリス陸軍のエピソードです。引用して最後に僕が皆さんに質問します。答へは明日のブログにて発表いたします。見事に正解された方にはご所望のものを与えてしんぜよう。まあ、褒め言葉くらゐしか差し上げることはできませんけれど。では、用意はよろしいか?ただし、引用文は現代仮名遣ひであり引用者の判断で適宜、改行してあることを断つておきます。

 戦前のことだが、イギリス陸軍が、サハラ砂漠のある地域に探険隊を送ったことがあった。探険隊には、何人かの青年将校がいたが、もちろん、みな貴族階級の出身。なかには、大学を出たばかりの少年のような将校もいた。
 兵士たちは、労働で鍛えられたオレたちと違って、パーティに明け暮れていたようなお坊ちゃん連中じゃ、すぐ音を上げるさ、と若い将校たちをバカにしていた。
 ところが、厳しい行軍の間に、先に音を上げたり、倒れたりしたのは、頑強なはずの兵士たちだったのである。結局、将校たちは一人も脱落せず、最後まで兵士たちを導いて、探険を終えたという。(二木紘三著『さわやか受験宣言』聖文社から引用)

ここで僕からの質問です。一見ひ弱さうに見えた青年将校たちが、兵士たちより強かつた理由をできる限り挙げてコメントして下さい。同書では理由が五つ載せてあります。どなたのコメントも歓迎いたします。どんな珍回答であらうとも僕がこのサイトを管理してゐる限り余人の批判は許しませんので安心して下さいね。今回の質問の難易度は相当に高いと思ひます。あすの今頃に正解を発表いたします。諸君の健闘を願ふ。


僕の好きなブログ

前回の記事で僕の嫌ひなブログについて書きました。それでは反対に好きなブログとは何かを記したいと思ひます。この点で大いに示唆を受けたのは若き日の大江健三郎のエッセイです。『厳粛な綱渡り』といふのが、それで彼の二十代の第一エッセイです。結構、分厚い本です。

かつて講談社文芸文庫から出版されてゐましたが現在は入手困難な本になつてしまひました。書店はおろか図書館にも置かれてゐません。そこで僕は例によつて例のごとくWEB上のサイト“アマゾン”で購入しました。すんなり買ふことができました。さて、前置きが長くなりました。以下に大江健三郎の文章を引きませう。ただし、引用文は現代仮名遣ひで引用者の判断で改行を施しました。

《さてぼくは、どのような種類のエッセイにおいても、書き手が、権威の声をもってかたっているとき、それを許容できない。もし、ぼくのエッセイのうちに、自分自身の内なる弱点をカヴァするために、こけおどかしの権威を借用した文章があれば、いかなる寛大な読者に対しても、ぼくはそれを恥じねばならないだろう。
 (中略)それではどのようなエッセイが良質なそれかといえば、権威の声でかたっていない赤裸のエッセイであるにもかかわらず、あきらかに人間的な威厳の感じられる文章である。そしてそのような文章にいたることがもっとも困難な技術だ。
 ぼくはこの本のなかに、そのような文章を見出すことができると主張する勇気はない。そこで次善のエッセイといえば、それは、なりふりかまわず書かれた文章、あるいは、自分のもっとも愛するもの、熱情または敬意を感じるものへの感動が率直にあらわれている文章であ》る。

僕は以上のやうな姿勢で書かれてゐるブログを読みたいと思ふし書きたいと思つてゐます。


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プロフィール

ヨシ樹

Author:ヨシ樹
昭和に生まれ、平成を生きる日本男児。
東京の大学を卒業して故郷の愛知県に戻る。
肉体労働や家庭教師、塾講師を経て現在に至る。
現在、未曾有の大不況下で苦しい転職活動を余儀なくされている。
経済状況は極度の貧乏。某市内の賃貸マンションを棲家としている。
いわゆる「勝ち組」「負け組」という二元論的なステレオタイプが大嫌い。
趣味はブログ執筆、読書、六弦ベース、オートバイ等々。ちなみに大型自動二輪免許保有。かつてハーレーを所有。
夢はオートバイでの海外ツーリング。具体的にはユーラシア大陸をBMWで走破することなどを考えている。
日本経済の酷いデフレを憂いつつも某市のリサイクル・ショップや古本屋によく出没する。
実は牧師の息子であり、幼い頃から聖書と教会に親しむ。

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