額に汗して働くべし

現在、新しい環境でフルタイムで働いているので日毎の記事更新が大変、困難な状況にあります。

現在は理想とする職に就くための暫定的な職場で働き始めています。僕も霞を食べて生きていくわけにはまいりませんので。

本日も働いてきました。なるほど、週休二日制が浸透している今の社会のありようを見れば土曜日に働くのは貧乏閑なしの貧乏人になりましょう。

しかし、このご時世、土曜日も働けるのであれば、むしろ感謝しなければなりますまい。

なりふり構ってはおれぬ。やっとそんな覚悟を持つに至りました。

明日は週に一度の休みである日曜日です。教会の礼拝に出て魂の休息を得たいところです。


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もっとバイクを!

バイクに乗りたいのです。何が何でもオートバイを走らせたい。バイク貯金を始めることを真剣に考えています。

毎年恒例のお盆のバイク・ツーリングは本年は取りやめにしました。資金がないからです。残念至極ではありますが仕方ありません。オートバイに乗りたい気持は旺盛にあるのですが何しろ金がない。

再度、バイクを所有して四季折々の風景を愉しみたい。一戸建てのマイホームを願っているわけではないのです。このささやか希望を実現するよう努力するつもりです。その一例がバイク貯金に他なりません。

本日、バイク雑誌を購入していたく物欲を刺激されました。夢をかなえるゾウ。あれ、これって何処かで聞いたような…。


嗤うべき背理

仕事を行ってみると自分の根性の度合いを否応なしに思い知らされます。

仕事ゆえに辛抱しなければならぬ事も沢山あります。それにどれだけ耐えられるか。

至極単純な命題ゆえ仕事人なら程度の差はあれ、誰でも自覚していることでしょう。

僕も現在、容赦なく厳しく試されています。正直に告白すれば挫けそうになる時もありますよ。

ここまで、お読みになり観念と現実の差は埋め難いと思う読者も屹度おられるでしょう。

しかし、哲学者のカントは思想と実行の乖離を嗤うべき背理だと喝破しました。

思想が現実の前に屈服するのではなく現実を思想により屈服させるべきだし、それは思想により可能な事だと思いたい。ただし、如何なる思想か、思想の内容は問われると思いますが。


お詫び

遂にやってしまいました。えっ、何をかって。

当ブログでは記事の原則毎日更新を謳っているにもかかわらず記事更新を怠ってしまったのです。

すなわち、七月二十七日火曜日の記事更新を怠ってしまいました。

読者との約束を守れず誠に遺憾であります。

読者各位には今回は原則の例外としてご寛恕いただければ、と願います。

今後、一層毎日更新に努めますので何卒宜しくお願い致します。


管理人 ヨシ樹


固い書物

《世界はかゆやジャムからできてはいない。

それゆえ怠け者を気取っていてはならぬ。固い書物も噛まねばならぬ。喉につまってへこたれるか、消化してしまうかどっちかだ。》


ゲーテ著『格言的』から引用


更新ギリギリになって申し訳ありません。ハタボーさん、《「論」ブログヨシ樹》の記事へのコメント有り難うございます。

迷夢

多くの人は目に見える有形の評価が欲しいのです。

目に見える有形の評価とは数値による評価に他なりませぬ。換言すれば、客観的評価ということになります。

かような人たちは愚かにも評価の数値が低いと自分を恥じるのです。

けれども、恥じるべきは有形でないものへの評価が低い場合ではないか。

嘘を吐く、誤魔化しだらけの欺瞞に満ちた汚い心こそ恥じるべきではないでしょうか。

魂の美しい人は側に居る人に感じられ屹度、尊敬され、必ず評価されます。心の内面のことは他人にはわからぬ、というのは嘘吐きの欺瞞的自惚れに過ぎぬ。まさに自分に自分が欺かれているのです。

大人になっても客観的評価という迷夢から醒めない気の毒な人たちは多くいます。私たちは、もって他山の石とするべきです。


僕自身のための広告

あれっ、何か見たことあるゾ、この題名と思われた方が何人か居てくれたなら嬉しいですね。

そうです。これは当ブログの兄弟ブログである《「論」ブログヨシ樹》でのかつての広告記事のタイトルと全く同じなのです。貴方は気付かれましたか。

最近、《「論」ブログヨシ樹》の方は寂れた感じがしますが少しずつではありますが記事をアップしておりますのでコメントを頂ければと思うのですが皆さん、忙しいですかね。この週末辺り如何ですか。

ちなみに最新記事は「映画雑感」です。新機軸のいわゆる<映画評>なので読者の忌憚のない意見を伺いたいのですが如何に。


神中心主義

《人間は自分自身を権威の座に置き、神の権威を棄却した。そして今日、私たちはその結果を刈り取っている。

言わば、神は人間に向かって、「よろしい。わたしは、あなたがたの見解と哲学がどこに行き着くかを、あなたがたに思い知らせよう」と言っているのである。》
        

D・M・ロイドジョンズ著『詩篇73篇』(聖書図書刊行会)117頁より引用。

引用者から一言。本書は『聖書』という大古典の思想の深遠さを改めて引用者に知らしめた名著です。

更に読者諸賢よ、『聖書』という書物があることはご存知でも実際に読んでみたことはありますか。ないでしょう。それではキリスト教とは何であるかを理解することはできませぬ。それにもかかわらずキリスト者に意見するとしたら、それは非常に不誠実な態度ではありますまいか。意見するな、と言っているのではありませぬ。読んでから意見するという順序をなぜ踏まないか、と言っているのです。実際に『聖書』そのものを虚心坦懐に読めばいいのです。実に簡単明瞭な物の道理です。クリスマスのようないわゆるキリスト教的な雰囲気は誰もよく知っている。それでキリスト教を云々している。これを思想的怠慢と言わずして何と言うのでしょうか。ちなみにクリスマスのイルミネーションにはどんな意味があるかご存知ですか。知らないでしょう。あれは<世の光>であるキリストを象徴しているのです。このことを知った上で飾っているお宅は日本にどれだけあるでしょうかね。皆、表面的にキリスト教を知っているに過ぎない。知ろうとしない。


理想郷

約束された場所で

村上春樹が著した『約束された場所で』を読み返していたら《(塵ひとつ落ちていない強烈な理想郷)》という言葉に目が留まりました。

現世で理想郷を現出させようと努めるのは無駄な努力以外の何物でもない、と思うのです。理想郷を作ろうとしたソビエト連邦は崩壊し、北朝鮮は理想郷どころかこの世の地獄です。

もう少し小さな単位で考えてもいいでしょう。家庭は理想郷でしょうか。自分の家庭に思いを致し、果たして胸を張って理想の家庭です、といえる家庭がどれだけあるでしょうか。僕はゼロだと思いますよ。

では、更に世界を絞って最小単位の自分を顧みるとどうか。自分は自分に満足しているでしょうか。僕の場合、問題、課題だらけですね。

思うにどの世界であれ、生きている限り問題、課題はなくなりません。問題、課題がなくなった時、僕たちはこの世の住人ではなくなっています。


常識

考えるヒント

《嫌いという感情は不毛である。侮蔑の行く道は袋小路だ。》


原則毎日更新を標榜しながら更新がギリギリになり申し訳ありません。色々ありまして…。

上記の引用した短い二つの文は常識でしょう。けれども、難しいでしょう。常識を実践するのは。「言うは易く、行うは難し」これも常識ですね。


小林秀雄著『考えるヒント』(文春文庫)36頁より引用

正解発表

大衆食堂の人々

うーむ。mintさん、否、<漢字帝王>mintさん、素晴らしいです。二問共に正解です。他の読者に配慮してコメントを非公開にしたうえで僕宛に送信してくださったお心遣いも実に天晴です。誠に有り難うございました。ここに<漢字帝王>の称号を謹んで差し上げます。

ちなみにこのクイズの出典は記事上部に貼り付けた『大衆食堂の人々』(双葉文庫)からです。本書は呉智英という知る人ぞ知る評論家が著した知的好奇心をいたく刺激される本です。

答えは次のとおりです。《【4】(1)明治→治明→治まるめぇ (2)贅沢は敵だ→贅沢は素敵だ 》

まだまだクイズのストックはありますので好評であれば今後も散発的に出題したいと思いますが如何に。


海の日特別企画

《〔問題④〕次の問いに答えよ。(各10点)
(1)明治維新の時、新しい元号「明治」をひっくり返して読み、薩長藩閥政治への風刺としたことがあった。さて、「明治」をひっくり返して、何と読んだか。

(2)「大東亜戦争」の時、当局の戦時標語「贅沢は敵だ」に漢字一字をつけ加えて正反対の風刺標語が作られた。さて、何という漢字をつけ加えたのか。》呉智英著『大衆食堂の人々』から引用

今回は趣向を変えてクイズを出題しました。明日の記事で正解を発表します。それまでに答えが解った読者はコメントをくだされば、と思います。正解者には何も出ませんが二問共に正解した読者には<漢字帝王>の称号を差し上げましょう。(1)が難しいかも。


ランキング

音楽の世界にはランキングがありますが、これほど不可解なことはない、と思います。

アーティスト(なぜ、せめてミュージシャンと呼ばないのか)は誰がいいのか、どの曲を気に入るのかは個人の趣味の問題であり順位付けできないものだと思うのです。

ブログにもランキングがありますね。実に心ない仕組みだと思います。何を基準にブログの格付けをするのでしょう。やはりアクセス数でしょうか。思うにブログの内容は決して数値化できないものです。何故、あえて数値化する必要があるのだろうか。

僕のブログもあるランキングに参加しませんか、とお誘いがありました。ご厚意は嬉しいのですが未だに返事をしていません。この点、誘っていただいた方には失礼で反省していますが…。

以上の不可解さは言葉を換えて説明すれば音楽やブログの世界に偏差値を導入するのと何ら選ぶところはないと考えます。

順位付け、格付けなどくだらない、と思いませんか。


『闇金ウシジマくん』

闇金ウシジマくん

『闇金ウシジマくん』は漫画です。最初に読んだ時は気分が悪くなりました。それくらいエグイ漫画ですが読み終わると、平穏な生活、普通な毎日が有り難く、且つ愛おしく思えるようになるから不思議です。

社会の底辺に生きる、いわゆるアウトローたちを活写しています。同時にアウトローから金を搾取される哀れな債務者たちの凄絶な人生模様も。

この漫画を読めば、消費者金融やブラックな金融屋とは一生涯、無関係でいたい、これらのところからは死んでも金を借りるまい、誰が何と言おうと堅実に生活していくのだ、という覚悟を持つに至ります。

僕は七巻まで全部古本で揃えました。誰にでもお薦めできる漫画ではありませんが機会があれば、ご一読されてみては如何でしょうか。


感謝、百回目!

本記事で丁度、百本目であります。思えば本年四月三日から綴り始めて百回目。感慨深いものがあります。次は二百回を目指してコツコツ、アップしていきたいと思っています。

たくさんの読者諸賢からご祝辞が寄せられています。ってあれ、全然来ていな~い。昨日、緊急告知をしたのに…。

これにめげることなくこれからも書き続けていきます。読者の皆さん、これからもご愛読のほど、宜しくお願い申し上げます。

管理人 ヨシ樹


犯罪者のその後

もし、僕がドキュメンタリー番組の制作を依頼されたとしたら(あり得ないという声もありましょうが)、犯罪後の犯罪者を追跡した調査を番組にまとめ、報道したい、と思います。

新聞紙面やケータイのテロップは毎日のように犯罪を報道していますが〈犯罪者のその後〉についての報道はほとんどされていない現状があります。言うまでもありませんが、この事情はテレビでも同じです。

思うに〈犯罪者のその後〉を報道することにより覿面(てきめん)に犯罪の抑止に役立つはずです。ただし、犯罪者の人権にも厚く配慮する必要があることは言うまでもありません。まかり間違っても犯罪者の更生の妨げになってはならないのはむろんです。


【緊急告知】 明日は百回記念です。当ブログの記事が明日で百本目を迎えます。何を書こうかなあ~。乞うご期待!

新聞

参議院議員選挙があった先週の日曜日から某新聞を試読しています。

朝刊と夕刊を併せて配達してもらっていますが、とてもじゃないが読む閑がありません。

碌に読まないのに高いお金を支払う必要はない、と考え、すでに購読するか否かの結論は僕の中で出ています。

それでもあえて購読するとしたら夕刊になるでしょうね。あの一見やる気なさげな頁数の少なさ、それにもかかわらず確実に朝刊よりも魅力的な記事が多く載っている充実した紙面を読めば少なくとも僕は夕刊の方を選びたい。

久し振りに新聞を読んで以上のような感想を持ちました。ちなみに試読期間は一週間です。


〈ヤフオク〉にも挑戦

〈アマゾン〉が非常に使える便利なサイトだと判った現在(ダニエルさん、設定指導、有り難う)、ヤフーオークションにも挑戦しようと本日、手続きをしました。

入金などの為の口座を開設する必要があったのでヤフーが指定するネット銀行に個人情報を郵送したのです。

雑誌【サーカス】八月号によれば《「ヤフーオークションは日本最大のオークションサイトです。出品数は2000万点、日本のネットオークション市場の約80%のシェアを占めます。」(西村氏)》という事になります。

ネットオークションを利用していない貴方、本記事を契機に僕と一緒にヤフオクに参加してみませんか。

何っ、すでに利用しているって。これはまた失礼しました。


感動する心

僕は今、流行の〈アンチエイジング〉なる考え方には甚だ懐疑的ですが、いくつになっても〈感動する心〉は失いたくありませんね。

イギリス紳士のように謹厳で礼儀正しいジェントルマンはともするとこの〈感動する心〉を欠如している場合が多いのではないでしょうか。

冷静な眼(まなこ)でこの世を見たって何になりますか。《踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々》僕はこのフレーズの中に先達の智恵を見る思いがします。実に含蓄があり、示唆に富んだフレーズだと思います。

僕はこの人生で決して傍観者にはならないでしょう。必ず人生そのものに飛び込んで阿呆なりに力を尽くして踊って果てたい。そんな風に思います。


究極の選択

特高:「お前に訊ねる。黙秘は許さぬ。お前らの信じる神と現人神であらせられる天皇陛下とどちらが偉いか」

牧師:「言うまでもないでしょう」

特高:「……」

☆特高とは特別高等警察の略称で天皇制政府に反対する思想や言論、行動を取り締まることを専門にした秘密警察のことである。「票読み一つ誤らない」と恐れられた緻密さを持ち、ことに戦時中は、銭湯の冗談も筒抜けになるとまで言われた。プロレタリア作家の小林多喜二を拷問死させたことはあまりにも有名である(一部、ウィキペディアより引用)


刑事コロンボ

現在、かつてのテレビ・ドラマ〈刑事コロンボ〉のDVDが無数に出回っています。

ブック・オフなどでもDVD・BOXが置いてあるのを何回か目にしています。

〈刑事コロンボ〉はピーター・フォークの軽妙な気取らない演技が好きですし、だいぶ以前に亡くなった名声優の小池朝雄の台詞回しも憎い。そして当時のアメリカの富裕層のライフスタイルや文化なども描写されていて飽きない。

最近、〈刑事コロンボ〉のDVDは中古品であれば、値がこなれてきて非常に安く買えます。僕はこれまでに二枚購入しました。

一つはブック・オフで一つはアマゾンで。各々九百八十円、六百二十円でした。

アマゾンはハマると癖になりますね。お金がドンドン出て行く。くわばら、くわばら。と言いつつ約四千円で〈大草原の小さな家〉のDVD・BOXもさっき購入してしまいました。ハッキリいってヤバイです。


パソコン

昨晩、インターネットで求人検索をしていたら、いきなりパソコンの電源が落ちました。

これは一大事だと、何度も立ち上げようとしましたが途中まで来ると落ちてしまう。そこでまた立ち上げる。そんな事を何回繰り返したことか。

埒が明かず、いったん眠り未明早朝、ENTER・KEYを二回ほど強く叩くと、ほどなくして最後まで落ちることなく立ち上がりました。とても嬉しかった。そしてほっと安堵しました。

ヤバかった。起動叶わねばパソコン・ショップの開店を待って修理に出すつもりでした。あまり料金がかかるようならパソコンそのものを買い換えるところまで視野に入れていました。まあ、お金がないから、しばらく時間がかかったことでしょう。

この件をとおして普段、当たり前にできていることにも改めて感謝しなければならないのだなあ、と強く思いました。


☆ mintさんへ:mintさんのご丁寧なコメントたる〈出来る奴〉に必ず返事いたします。今しばらくお待ちください。


白髪頭

最近、頭に白いものが目立つようになって来ました。僕もはやそういう年齢になったのです。

他の人はどうあれ、僕自身は白髪を恥とは思いませぬ。白髪はむしろその人の勲章でさえあると本気で考えています。

したがって、白髪を染めようなどと思ったことは一度もありませぬ。

年輪を刻んだ人間として白髪に恥じない齢相応の意見を当ブログで発信していけたら嬉しいですね。


ネット依存への告別

テレビを観ない理由として僕はかつて、それなりの時間を取られる事を理由として挙げました。

そうであるならば、このインターネットはどうか。かなりの時間を割いている事にようやく気付きました。

とりわけ、ブログに関する時間が多いです。そこでブログの記事の質は一定に保ちつつも、もっとブログに関する時間を厳しく管理していく予定です。何と言っても時間は有限なのですから。

ノンフィクション作家の柳田邦男はその著書『壊れる日本人』(新潮社)で「ノーケータイデー」「ノーゲームデー」「ノーテレビデー」「ノーインターネットデー」「ノー電子メディアデー」を提唱しています。

読者諸賢よ、上記「ノー○○デー」を一つでも多く実践してみては如何でしょうか。


夏の音楽

中学生の頃にいわゆる“フュージョン”と出合い、それ以降ずうっと“フュージョン”マニアです。

“フュージョン”は黎明期には“クロスオーバー”とも呼ばれていました。乱暴に述べるならば、ジャズとロックが融合した音楽ジャンルです。

“フュージョン”のほとんどが楽器のみの演奏、換言すればインストゥルメンタルです。演奏レヴェルは非常に高く、相応のテクニックが必要とされます。おそらく6弦ベースなど使っているのはフュージョンとジャズくらいでしょう。僕も四苦八苦しながら何とか弾いています。

原則として楽器のみの演奏なのでBGMとして聴いても抜群です。もしこの世界から“フュージョン”がなくなったら僕は音楽を聴かないだろう、と思うくらいです。

読書は詩歌、小説、ノンフィクションなど幅広く読まなければならないと思いますが、音楽については、今のところ“フュージョン”を深く極めたいとの思いが強くあります。

もし、読者諸賢が“フュージョン”の名盤が聴きたい、というのであればお教えしますよ。今からの季節は“フュージョン”は聴く者の耳にとても心地よいはずです。夏の音楽ですからね。


古典的名著

近頃、いわゆる古典的名著を全然読んでいない、という事を改めて意識させられています。

最近の本はそれなりに読んでいますが古典はあまりにも読まなさ過ぎる。

加えて詩歌、小説の類もほとんど読みません。一番最近に読んだ小説は辻邦生の『安土往還記』(新潮文庫)くらいのものです。詩歌に至っては、からきしです。

僕はこれまでもっぱらノンフィクションや評論の分野を中心に読み進めて来ました。

精神の滋養という観点からすればバランスがとれておらず偏っています。これは如何にも拙い。

以上のような次第ですので昨日から旧、新約聖書をそれぞれ文語訳で毎日、読もうと固く決意しました。

加えて昨日、購入した明治のキリスト者たる内村鑑三の名著『余は如何にして基督信徒となりし乎(か)』(岩波文庫)も併せて読み進めているところです。


人の立場に立って発言するよう努めます

人は何故、意見が異なるだけで親の仇のようにいがみ合うのでしょうか。

人は何故、意見が同じだけなのに旧知の友のように睦まじき仲になるのでしょうか。

お互い、対話により何故、止揚できないのだろうか。意見が違うなんて大した事ではないのです。

対話により止揚させればいいのですから。


プレゼンテーション

一昨日、某所でパワーポイントを使ってプレゼンテーションを行いました。

会場には大人が二十名ほどいました。時間にして二十分程度でしたが手応えはあったと思います。

大人を前にして授業をするようなものでしたが子供を相手にして来た僕は大人の聴衆の方がやりやすかったです。

思うに子供に通用するプレゼンは大人にも通用しますが、残念ながら逆も真なり、とはならないようです。


当ブログの現状

七月二日現在の当ブログ最新コメント欄をご覧ください。

ハタボーさん、ダニエルさん、キティさん、mintさんの計四名の読者がコメントをくださっています。ダニエルさん、キティさんは釈然としないお気持のままかもしれませんが…。

僕は当ブログには色々な意見があってよく、その意見について侃侃諤諤、議論する場にしたいのです。意見は違っていてもいいのです。夫婦でさえ異なる場合もあるのですから。意見と意見がぶつかり合う事で止揚(アウフヘーベン)すればいいいのです。

かのソクラテスも対話を重視しました。「話せばわかる」のです。思想の自由市場で様々な論点につき双方が意見を戦わせ、よい意見を選べばいいのです。勝ち負けではない。レトリック(雄弁術)でもない。むろん、敵味方でもない。偽り抜き、欺瞞抜きの意見をここで論じ合えばいいと思います。

コメントをいただいた四名の読者諸賢よ、改めてコメントありがとうございます。


綺麗に辞める

思うところあって、昨晩で某塾を辞めました。

先月一杯で辞める旨を担当生徒に告げ、後任の講師と引き継ぎをして手続きを踏んだ上で辞めたので塾の責任者から感謝されました。そんな事は当たり前の事ではないか、という声が上がりそうですが、当たり前の事を実践するのはなかなか難しいという点に今回の記事の眼目があるわけです。

僕は職を辞める際には喧嘩別れせず筋を通して再び職場に戻っても気まずくならないくらい綺麗に辞める事をモットーにしてきました。まあ、辞めずに続けるのが一番よい事でしょうけれど…。

さて、これからが大変です。


アクセス数
プロフィール

ヨシ樹

Author:ヨシ樹
昭和に生まれ、平成を生きる日本男児。
東京の大学を卒業して故郷の愛知県に戻る。
肉体労働や家庭教師、塾講師を経て現在に至る。
現在、未曾有の大不況下で苦しい転職活動を余儀なくされている。
経済状況は極度の貧乏。某市内の賃貸マンションを棲家としている。
いわゆる「勝ち組」「負け組」という二元論的なステレオタイプが大嫌い。
趣味はブログ執筆、読書、六弦ベース、オートバイ等々。ちなみに大型自動二輪免許保有。かつてハーレーを所有。
夢はオートバイでの海外ツーリング。具体的にはユーラシア大陸をBMWで走破することなどを考えている。
日本経済の酷いデフレを憂いつつも某市のリサイクル・ショップや古本屋によく出没する。
実は牧師の息子であり、幼い頃から聖書と教会に親しむ。

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